書くことの作法をなにも知らない

今日から何かを書くことに決めた。

 

文章の作り方も、作法もなにも知らない。

ただ、

○身の回りにあったこと

●なんとなく考えたつくりものの話

◎人や本などから見聞きして心に残ったこと

を記録していこうと思う。

 

 

 

 

今日はお昼にお新香とご飯とお味噌汁の軽い食事をした。あ、このくらい軽くていいんだな、と小さな発見。

 

 

夜、地下鉄で3本先の駅へ。知り合って10年ほどになる教員の友人と会う。仮暮らしだというワンルームの軽やかなマンション。椅子や照明が北欧のものだという。しっかりすり減っていた。それがいい。実家でもそのA社の家具をよく使っているらしい。幼稚園で実際に使われていたという小さな木製の椅子。その上に銀色の小さな皿。その上に女性もののアクセサリーが置かれていた。隣に一人分の布団。その隣には二つに畳まれたもう一人分の布団。生活感はあるがとても清潔。これから生まれてくる新しい人のための育児雑誌。ドアの物掛けには病院から支給されたであろう不織布のトートバッグ。赤い天板の机にコーヒーと水とプリンを置いてコンビニエンスストアの袋をがさつに丸めて持ってきた荷物に詰める。もう10月だというのに蒸し暑さの残る夜で、デニムがなかなか脱げない。引っ張ってもらう。小柄だがしっかりと力があり、視力が悪いという眼鏡の奥の目もいつも落ち着いた人だ。今でこそ年相応だと思うが、高校生の頃から彼はこんな風に振る舞う人だった。進学校に通っていた頃からどう考えても大人びた趣味(音楽や料理や関心をもったあらゆること)を持ち、家族の話を、柔らかい笑顔で誇らしげにするところに好感を抱かずにはいられなかった。育ちの良さがほんの少し背伸びした口調をも包み、感じ良く見せていた。好感といっても、もちろんそれは友人としてで、今もそれは変わらない。体の結びつきがあるから恋かというとそうでもない。お互いに話したいことを話し、褒め合ったりもする。お互いを自分のものだなんて思わない関係はとても潔く軽やかだと思う。次の子どもができたら、ある翻訳家と同じ字の名前をつけようと思う、という話などを暗がりの中でしたような気がする。眠いのかあまり呂律が回らないようすで話をした。ボトルの水を飲んでから外に出ると霧が出ていたが、空気が先ほどより冷えていて目が冴えた。お互いに片手をあげて、それじゃあと笑った。地下鉄の構内はとても静かで、古いけれど清潔で、夜なのに怖くなかった。10年前に会って、それから10年会わなかった。お互い家族がいて、仕事があって、胸のなかに大切なものがあって。大きな天災もあった。だけど後ろめたさも意味もなく、明るい気持ちで人と会う。この仕事してると夜起きてられなくてね、わかるわかる、なんて軽い口調で。地下鉄に乗り込むとき、スマートフォンで短い文を送る。どの口が言うかと言われそうだが、本当にそう思うのだ。祈るような気持ちで、彼の大切な人の体を思う夜。