今日もなにか書く

とある地方都市で働いているのだけど、給料が低いので転職を考えています。長く細く働けるところを捜したい。できることは少ないのですが。今日は職場なのに自宅にいるような気分になってしまいました。人間関係もよく気楽なところが心地よいです。でも環境を変えるつもりです。

 

 

終点のひとつ前の駅で降りる。無理をしていつもより硬い靴を履いているのでかかとが苦しい。この町に数日前、台風が接近したのだった。川を濁らせて草や木やなにかの袋が浮かんでいる。夜に水の濃い匂いだけがしている。この町は数十年前は違う市だった。大きな市に吸収され、田んぼばかりの町が大きな都市になった。このまま進むと山を削り造成した高級住宅地があり、それをさらに越えると工業地帯がある。肥やしの匂いもサラリーマンの自死も隠されて、人が暮らしている。地方の議員や電力会社のお偉いさんが多く住むそうだが、震災後いち早く電気が戻ったのがこの町だと聞いたときは小さく納得したのと、なんとも言えない嫌な気分になった。暗い橋を渡り、単身者用のマンションに入る。

週に一度習い事をするということにしていて、夕飯の支度と風呂の準備を整えたら外へ出るのだった。明るい習い事だから少しだけきれいな服を着て、化粧を直す。習い事をしているはずの駅では降りない。暗い夜の川を見に行くのだ。その人はいつも黒く光る犬のような目をしている。たくさんの愛情を受けて育ち、きれいな言葉で話すのに。部屋は整然としていて、作家ものの器やアートイベントのフライヤーが少しだけ壁に貼ってある。よくいる繊細な若い男だと思うが、台風がくる一月ほど前のことが忘れられず、つい、この駅で降りてしまうのだった。その日はペルセウス座流星群がピークだと報道された日の翌日だった。つまり普通の日。コーヒーを買い、車で一番近い山に登った。ドキュメンタリー映画の話や、電車で東北をまわった学生時代の話なんかをしたような気がする。子どものころに夜間ハイクをした日の胸が弾むような気分と、この時間も別の場所で流れる時間への後ろ暗さのせいで眠れそうもなかった。星はとてもきれいだったけれど、話に夢中になっていたらいつのまにか雲が隠した。子どものころから、大切なものは増えていくのではなく、奪われたり、いつの間にか減っていくものだとわかっていた。手の中の大切なものはなくなるから、嬉しいことややりきれないくらいに悲しいことがあると胸に手を当てて、記録させた。夜の時間が奪われて、翌日の仕事のことなどを考えはじめたくらいに車に乗り込み、冷えた足や手を擦った。ひとつひとつ間違いがないよう確認する話し方だなと思った。帰りの地下鉄はもうなく、遠足のしおりのように当たり前の顔をして、小さな部屋で寝ながらしりとりをした。大人だからしりとりだけですむはずはないのだが、山で自分が話したことを思い出していた。田舎の中学生だった私の夜のことなどを。母が夜勤でいない日は、海に行った。冬の海はきれいだ。遠くに船の灯りがあって、飲み込まれそうなくらい深い海の音。一緒に行ってくれたのは違うクラスの男子生徒だった。なんの取り決めもしていないが、学校では話さない。二人でいても触れあったりしない。好きだとも甘い言葉も交わさない。ただ、PHS の短文メールで連絡を取り合う。近所のコンビニエンスストアで飲み物と肉まんを購入して落ち合う。国道沿いを歩いて、海に出る。少しだけ海をみて、お互いの家に帰る。そんな関わりもいつの間にかなくなるから不思議だ。友人でも恋人でもない。不思議ですね、うん、不思議だよねと言い合ってその会話は終わった。夜の川も暗い中にある光も、尾の生えた星ももうひとつのあの夜に続いていて、消えない。金を払って物を買ったり、無駄に謝ったり、多くの手続きをしながら社会に存在しているのに、あの夜だけがそのままある。堤防もブロック塀も学校も、育った家すら海に流されたというのに。名前は覚えているのに、漢字までは思い出せない。何を話したのかも。よくいる目の前の若者が教えてくれるわけではないけれど、触れあったりしていると目の奥が苦しくなってきて、なにか思い出せそうな気がしてくる。あ、あの子の飼っていた老犬がこわかったんだっけな。橋を渡る帰り道、夜の道を歩く彼の目を見て思い出す。

 

 

 

 

◎対話というのは、目の前の相手の存在を認めて、その全体からニーズを見つけるものだそうです。人を説得しようとするのは、対話ではないそうです。