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ゴリラが好きになりました

○今日は仕事のあと、同じビルの中にある整体に行った。肩肘張らず、話せる数少ない同年代の友人。私の肩や首はすぐ硬くなってしまう。なぜだろう。神経質なほうでもないし、冷え性でもないのに。悩みも、そんなにない。最近フルーツヨーグルトにはまっていて、夜にたくさん食べる。幸せだ。今日は仕事中に男性の利用者から「あの、手が荒れているように見えたんですが、それはやっぱり本のせいですか?本に触るから?」と聞かれた。すごく恥ずかしくて悲しくて、体質と、確かに水分がとられる気もします、お恥ずかしい限りです、と言ったけれど。不快な思いをさせてしまった。ちゃんと病院にいこう。

 

 

 

新しく開通した地下鉄は、いつも閑散としている。自宅から職場のある町まで地下鉄で約10分、そこから歩いて7分がいつもの通勤コースだ。隣の県から短大進学を機にこの町で暮らすようになった。もともと人づきあいが億劫なほうで、数ヵ月に1度会うか会わないかという友人が二人。しかもそのうちの一人は子育て中で、忙しいようだ。その他に会える人といえば、恋人だろうか。いわゆる婚活パーティで知り合って、あっという間に付き合うことになった。来年の春で2年になる。物静かだが、思ったより行動力があることも次第にわかってきた。私の実家にも何度か顔を出し、父や叔父の酒の席に付き合ってくれたことがささやかだがとても嬉しかった。私はこれといった趣味をもっていない。邦楽のオムニバスアルバムをたまにレンタルしてくる。歌詞がかわいくていいなと思う。映画はテレビで放送されるもので充分。洋服は量販店で季節にあったものをもとめるくらいだ。友人や恋人には信じられない、損しているよなどと言われる。でも、こだわりとか、何かを好きになることってそんなに義務のようなものだろうか。私は聞きやすいありふれた音楽が好きだし、洋服も色褪せたものや傷みのないものを身につけているのが気持ちいい。個性的と言われるより、ありふれたものでいいから、調和のとれたものを優先したい。

ある時、突然恋人から銀行でもらうカレンダーの話をされた。「毎年、会社に届くんだよ。ああいうの。」週末はいつもどちらかのマンションで過ごす。私は酢豚に入れる野菜を素揚げしていたので、高い油の音で少しだけ聞き取りにくかった。きりのいいところで、先ほどのカレンダーの話を訊ねる。「さっきカレンダーの話してたね。わたし来年はちひろのカレンダー使いたいんだ。」「そうそう、年末に銀行とか業者が持ってきてくれるんだよ。君ってあれみたいだよな。」「んー?カレンダー?わたしだれかに似てるかな?はじめて言われたよ。」「いや、風景とか、花とかそういうやつね。見ても覚えたりはしないんだけど、控え目できれいなやつさ。」「なんでしょうねえ、それはー」「悪い意味じゃないよ。そういうところがいいと思ってるんだから。」「はあーん?さいですか。ありがとありがと。もうすぐできるよ!もずくもあるわよ。どっちも酸っぱくなっちゃうけど。」「いただくわー。疲れてるからちょうどいいよ。お酢、大好きだ、おれはっ。」「あはは。ちょっと待ってね。」私たちは仲がいいし、穏やかな付き合いをしてきたと思う。お互い田舎の長男と長女で責任感が強いところや、友人が少ないところも似ている。打ち解けるまでの時間は必要だが、細く長く付き合っていける。何より、お互いがはじめての恋人だったのだ。言葉にこそ出さないが、大切な人だ。

彼は私にはあまり理解できないような趣味をもっていた。楽しげにやっているようだし、その旅に同行すると、温泉に入れたりおいしいものを一緒にとったりもできる。でも、ほんの少しだけ、こわいというか、なぜ?と思うことがあるのだ。日本各地の町を歩くというものなのだが、どういうところを歩くのか、もし親兄弟に聞かれたら、うーん、ちょっとだけ憚られる。いわゆる遊廓跡や赤線跡というものなのだけど。はじめは昭和レトロとかそういうものかなと思った。でも、わからないなりに聞いていると、色街の歴史や、街の特徴、建築や装飾の面白さなど、見るべきところがたくさんあるらしい。それは納得できた。だが、女の人と付き合うのは私がはじめてのはずなのに、なぜそういう場所に興味をもったのか。それから、今も現役で、なんというか、その、機能している宿を利用することもあるのだろうか…と想像してしまうのだった。嫉妬とも少し違う。なぜだろう?と本当にわからないのだった。彼の好きなものを否定したくはないので、冗談半分に訊ねたこともあった。答えは「面白いから。」「理屈じゃないんだな…」「おでん食べに行こうぜ」というものだった。恋人だからといってすべてを理解することなどできないのはわかっているつもりだ。だからお風呂のあと、小さな軽自動車の掃除をして、週末の小旅行が楽しいものになればいいなと気分を落ち着かせた。クーラーボックスと飲み物の準備もしてある。お米を研いでから、布団に入った。寝る前に、彼が「僕ら、わかりあえないことだけをわかりあう、って歌があってさ、」というようなことを言っていたのを思い出す。小沢征爾の甥も音楽をやっているらしく、その人の歌だそうだ。聞いたことはなかった。

朝はいつも早めに起きることにしている。実家で生活していたときは、曾祖父と曾祖母を筆頭に大所帯だった。みな優しかったが、子どもながらに親に遠慮することもあったのかも知れない。身支度を整えたら、妹たちの弁当用の卵焼きを焼いておいたり、靴を磨いたり、ひとつ多く気を利かせるようにしていた。その癖で、朝は得意だった。いつも始業時間の45分前には着くようにしていた。臆病なのだろうが、なにかあったときのために、といつも先回りしていた。午前のルーティンを終え、もうすぐお昼だなとスマートフォンの時計に目をやると、珍しくショートメールが届いていた。お弁当の包みをもって、外へ出る。短大時代の友人だった。子育て中でなかなか忙しくしているようだが、時間さえ合えば会いたいと思える友人だった。色白で、童顔の彼女は、知り合った10年前とほとんど変わっていない。よく読んでみると、「今夜泊めてほしい。」「娘は実家に預けています」「パジャマとか持っていけないごめんなさい」そんな内容だった。週末に向けて部屋はいつも片付けているし、寝具も多めにある。ジャージもある。冷凍のさぬきうどんもあったはずだから、帰りに天ぷらだけ買って帰ればいいか。彼女の好きなお芋のお菓子とお茶で、今夜は女同士ゆっくり話そう。そんなことを考えながら、お弁当を食べた。

夕方、待ち合わせ場所に現れた彼女を見て、私の「なにかあったときのために」スイッチが入ったような気がした。変わらずかわいい顔立ちの彼女の目はひどく充血して、片方だけが涙目のようだった。それもアレルギーや痒みを伴うものではないようだった。ぶつけたか、誰かに殴られたか。ファンデーションで隠してあるが、頬の形も少しおかしい。「いきなりごめんね。」「いやいや、お菓子と天ぷら買って帰ろう。」二人で地下鉄に乗り込んだ。

彼女と布団を並べて天井を見ながら色んな話をした。短大の先生の面白かった話。芋煮会の話。旦那さんから殴られるようになった話。旦那さんは他に女の人がいるのに、その人とうまくいかないと彼女にあたる。なんて話だろう。最近の不安定な様子がすごくこわい。二人とも殺されてしまうのではないかと子どもだけ安全な実家に預けたそうだ。市内には緊急の母子シェルターや相談窓口もある。駅前のビルの28階。そこに向かおうとした彼女は1階の大型書店で待ち伏せされて、目を殴られた。周りの人が止めてくれたが、恐ろしさに帰るに帰れず、私にメールを送った。手続きは私がやることにして、まずは準備ができる数日、安心して過ごせる場所を確保すべきだろう。彼女が眠ったあと、彼に電話をした。木曜の夜。明日は「いわゆるHANAKIN 」と言っていつも二人盛り上がる日だ。仕事終わりに落ち合って、温泉街へ行く予定だった。彼が電話口で真面目に話すので、耳が痛くなるほどスマートフォンをくっつけて聞いた。

金曜日は何をしたか覚えていないほどの速度で仕事を片づけた。夕方、実家から小さな娘ちゃんを連れて戻ってきた彼女を車に乗せて、彼と私と友人とおちびで出かけた。なんでわざわざそんなところ?と電話口で言ってしまったが、「結構面白いと思うよ。風呂も大きいし。」という彼の言葉を信じることにした。その町は彼のルーツであり、しかも遊廓探訪の穴場でもあるらしい。私たちの町から車で1時間。今は若い祖父母しか住んでいない家だ。実家の実家、みたいなことを言っていた。今は退いたが、田舎の工務店を経営していた祖父母の家は和洋折衷だった。居間には立派な欄干があり、台所はドイツ製。中庭らしきもの、お風呂は確かに大きいがまるでラブホテルのようだ。庭も田舎ならではの広さだった。大きな家だが、正直趣味が悪いと思った。彼のおばあさんが話をしてくれた。「バブルのときのものだからめちゃくちゃに見えるけど、こいづはお客さんが見に来て選ぶための、展示場のかわり。田舎だし、今みでにインターネットとかながったがらさ。和室に床とってあっからいづでも寝らいよ。」その言葉を聞いて納得ができた。広い廊下の先に、椎茸を栽培している木があった。大人の顔ほどの立派な椎茸。「これね、木にちゅうしゃすんだよお」と自分の腕に注射する真似をしている様子がおかしくてたまらない。友人も娘ちゃんも喜んでいる。大きな椎茸は贅沢にバターで焼いてステーキにしてもらった。すごくおいしい。食事をとっていると、隣近所(といっても車でなければ遠い)の人たちがお刺身やお肉、牛乳寒天に色んなくだものを流したものなどを次々に持ってきた。食べきれないほどのお夕飯を食べたあと、順番に入浴した。おちびと彼が寝たあとに居間で女同士の話し合いが開かれた。これからどうしていくのか、という話よりも、町とおばあさんの歴史を聞く会になった。「ここはもともと源氏蛍と隠れキリシタンの町なんだよ。だからなんぼでも隠れでいられる。」「おらは結構あだまいがったんだ。でも家が貧乏だから16歳から米川のカトリック保育園の先生やったの。」「おじいさんはずっと外さおんないだ。アパート借りて囲ってだ。しかだないから仕事がんばったよ。すごく楽しかった。孫たちも産まれたし。おじいさんにもぴーちゃんたちにも叩かれたよ。いっぱい。昔は女の立場弱かったから。」「うん、登米にも妓楼あったね、たしかに。」「大丈夫だから。いづでも助けでけっから。」最後のほうはなんだか眠くて、みんな何を話したか覚えていない。でも、この家でこの夜を明かすのと、いつもの町の小さなアパートで眠るのはだいぶ大きな隔たりがあるような気がした。なんだか怪しい、変態なのかも、と思っていた彼のことは本当に大好きになってしまうような気がした。友人についてはまだ心配が残るが、おちびの朗らかで、やさしくて、わけへだてないところを見ていると彼女がどんな育て方をしているかがわかる。

朝、歯みがきしている彼が聴いていた曲が(しかもテープで!)「天使たちのシーン」「頼りない天使」「時間を名乗る天使」だという。「天使すきだね、おにいさん。」と後ろから話しかけると、「ばあさん平気で嘘つくから気をつけたほうがいいよ。」というので、息が出来なくなるほど笑いころげた。

明日はみんなで鳴子に行こうぜ、ということになっている。

 

 

◎ヒトはニホンザルよりもゴリラに近いそう。ゴリラは争いを避けるためにドラミングをする。ニホンザルは自分の群れに愛着をもたない。ゴリラの子どもは1時間以上遊び続けるけど、ニホンザルの子どもは10分しかもたない。遊びの条件は、ケンカをしないこと、工夫をすること。