読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ただみているだけの話

ここに一匹の獣の姿が見えます。彼は(彼女かもしれない)痩せ細って、ただうろうろと自分が走ってきた道を振り返り、遠くて暗い場所に目をやっています。「ああ、こわかったなぁ。でも、もう大丈夫だ。」このコヨーテが火を盗んだから、人間はさむい冬でも凍えずにすんでいるのです。コヨーテは肉を食べる動物ですが、他のどの仲間よりも臆病でした。この痩せた臆病者のコヨーテはもうすぐ別の動物に火を渡します。その動物がまた別の動物に火を。そして、また…。日本にも、狡猾なキツネやタヌキのおはなしがたくさんありますが、もしかすると、このコヨーテのようにおどおどして優しい一匹がなにかをしでかしたのかもしれませんね。これはアメリカという国にフランスから人がたくさん来る前のお話でした。おしまい。

 

 

 

ごぜは男ができたり、夜這いによって身籠ると仲間とは一緒に旅はできない。年頃になると膝を帯で縛ってから眠ったり、年長者が戸口に近いほうに寝たりした。食事についてはひもじくてかなしいので、あまり話したくない。温いめしに香の物、芋がらの味噌汁なんかは本当に大ご馳走だったのだ。つらい稽古で口の中が鉄の味。三味線をひくささくれだった指と、声と喉が身をたてる唯一の道具。雪の中を歩く歩く歩く。油紙と手拭いとでくるんだ足先もあっという間に冷えて感覚のないつぶてのようになる。体が温まると、本当の声が出ないと言われ、足袋も履かせてもらえないこともあった。何年かして、まともな食事と温かい体を得られると、声がたくさん出たのに。盲と目開きの旅は一列で、細い紐を頼りに進む。冬になるまで必死に働いた農民たちが気のとおくなるような雪の中、待ちわびている。真冬の福島から新潟へと抜ける旅だったと思う。中には仲間と折り合いが悪くなり、離れるごぜもいた。そのまま旅篭に流れるか、行方知れずになることもあった。生まれつき、または幼い時分に見えなくなった彼女らは、自分の居場所を芸に求めた。求めたというよりはそうするよりほかはなかった。漂いながら、この世を唄うごぜは、本当になにも見えていなかったのだろうか。凍えるような雪の道をひとあしひとあし進みながら、見えない目をきつく閉じる。そしてそっと、貧しい農民たちの新しい年を寿ぐ自分の姿を想像する。今にも泣きそうな顔で笑う農民を想像する。痛みすら感じる辛い道のりのなかで、この一瞬に小さな胸の奥の奥の奥のほうが少しだけ温もる。そしてまた、灯りが消える。終り。

 

 

「分納できるって。良かったね。」「あ、はあ、良かった、のかな。ありがとうございます。いろいろと、本当に助かりました。」大学のことで心配していることといえば学費のことだけだった。大学に入ってまで人間関係に翻弄される気はないし、サークルもジャズ研以外は高校の延長のようでつまらなそうだった。その日は午後の講義のあと学生課によって学費について相談した。ゼミの担当教員がそんなところまでついてくるのはおかしいが、この人は恋人みたいなものなのだから、好きなようにさせておけばいい。去年、大きな天災があった。両親は一時期、家と職場を失った。僅かな貯金や義援金、保険なんかで、なんとか日々の暮らしをつないだ。私はといえば、実家から小一時間離れた町のアパートに暮らしていたのが幸いして、生活に大きな変化はなかった。表向きはそうだった。地方の私大で4年間学んだところで、人は大人になるだろうか。入学したときに買った韓国製の安い洗濯機の中をぼんやり見つめながら、あ、これ、まるでわたしだなあ。と思った。使いはじめてもう3年が経つので、すすぎから脱水の流れがうまくいかない。気づくと三回も四回もすすぎをしている。渦の中で力なく布が回されている。すっかりきれいなのに、何度も何度もまわされて、傷むのが早い。これはわたしだ。だいぶ、疲れていた。機械も、わたしも。下に二人の妹がおり、震災後は正直、私の学費なんて賄えるわけがなかった。だが、親はやはり親で、娘に心配かけまいと昼の仕事の他に夜も飲食店でバイトをしているようだった。ある月命日に帰省したときにもう若くない両親の白髪の多さに気づいた。母とわりと丸顔で若く見えるかわいらしいところがあったはずなのに、だいぶ頬が落ちていた。実家にいたときには素直さのない娘だったが、帰りのバスで思わず泣いた。数日考えていたことを心の中で整理し、決めたのだった。とても強くなったような気でいた。

午後の講義を終えたら、急いで2Kのアパートに帰り、シャワーを浴びてお米を研ぐ。唐揚げもサラダも作っておいた。帰ってきたとき寂しくないように小さな灯りのつくアロマディフューザーをセットする。いつもラベンダーか、オレンジだった。この際電気代のことは目をつむることにした。自分が折れたら続かない。だから、この部屋の中では快適に、自分を甘やかすと決めていた。地味な服を着て、眼鏡をかけて、家を出た。飲食店の建ち並ぶ界隈を抜けると、小さな雑居ビルがあり、階段を登る。横に引く戸を開けると、底のある靴がたくさん並んでいる。廊下を進むと横に和室が二部屋並んでいる。それぞれの部屋にソファと、テーブルと、バッグを入れる棚。挨拶をすると女性はだるそうに起き上がりながらも「おはよう、おつかれさま」という返事が返ってくる。廊下を進み、さらに小さく、美容室のブースのように分けられた席に腰かける。ここにくる道すがら飴を2袋買ってきたので、和室の机に置く。「あーごちそうさまね、ありがとう。ほら、この子だよ飴くれたのー」「あ、ほんとに?ごちそうさま。ありがとうねえ。外大丈夫だった?雨に当たらなかった?」「アッハイだいじょうぶです…」いつもこうだ。たったこれだけの飴で、丁寧に話しかけてくる。ディズニーシーがどうとか、おにぎらずの具に刻んだニンジンのナムル入れてみたとか、普通なのだ。部屋はいつもきれいで、ちりひとつない。お手洗いすら誰も使っていないかのようにきれいなのだ。たぶん、ここにはきれいな人しかいない。傘も靴も山のようにあるのに。給湯室に灰皿があるのに。風俗情報誌もハチミツのボトルに入った光る液体も、ありとあらゆる世の中のしがらみがあるのに。ここにいる人たちはやさしい大人だ。人を悪く言わない。演技なのかもしれないが、家族や親戚のようなよそよそしいやさしさで必死にこの部屋を維持している。小さなブースの中で身支度を整え、文庫本を読む。毎度のことながら緊張して文字が頭に入らない。しばらくすると電話が鳴り、牧場の動物のようにのそのそと外へ出ていく。怖い思いはしたことがない。普通の人が普通の私たちを呼んでくれるから、いびつではあるけれど汚い仕事だなんて思えなくなった。仕事で疲れている人も、復興関連で遠くの町からきた人も、みんな同じように、大変な思いでつくったお金をくれる。この部屋の女の人たちはやさしくてやさしくて、いい匂いがする。「おかえりー」と顔だけこちらを向いて笑いかけてくれる。いつもこうなのだ、ほんとに。そしてそのたびに私は泣きそうになる。仕事が辛いとか、そんなことはどうでもいい。なんで、みなさんはここにいるんですか?そんなにきれいな顔をして、清潔で、やさしくて。好きな人はいるんですか?稼いだお金、まさか悪い人にとられてるんじゃないですよね?ディズニーシーは楽しかったですか?その付録のバッグ、私も持ってます、付録にみえないよね。かわいいよね。そんな風に心の中で話しかけて、また、小さな休憩室に戻る。高校生の頃に古典で習ったことをひとつだけ思い出して、ぼんやり時計を見つめた。「あと10分、入るな入るな入るな入るな入るな入るな」【清ら】というのは【美しい】の最上級の言い表し方です。「あと5分、入るな~頼む~帰りたい~」ここにいる人たちはたぶん宇宙で一番きれいなんだよな。おわり。